もっと神様と向き合う生活を送ることにしました。

仕事でへこむ事があり、帰宅後スーツのまま溜息と共に居間のソファに倒れ込むと、隣の部屋の神棚が目に留まりました。考えてみると神棚と向き合うのは年に1回、大晦日に帰省してきた子供達と一緒に手を合わせる時だけのように思います。「だから駄目なのかな」こういう気分の時にはそう思ってしまいます。

普段は人の居ない客間に何故神様を閉じ込めてあるのか、ふとそんな事を考えました。新築当時、神棚は和室という思い込みと、この部屋の上には2階が無いので神棚の上を人が歩く事がない、それが理由だったように思います。

しかし、この部屋だと日常生活の中で神様の存在を意識する事が有りません。もっと神様を感じながら共に生活をおくる、それが神の国日本の正しい姿ではないだろうか、そう思うと気になってしまい、夜中ではありますがどうせ明日は休み、すぐに神棚を居間へ移す作業に取り掛かりました。奇しくも新築してから二十年目、我が家の式年遷宮です。

ここで問題になるのは、今度は二階に部屋があるので、神棚の上を人が歩いてしまう事です。こういう場合は神棚の上に「雲」という文字を貼り付け、ここは空なので人は歩きませんという事にしてしまうのが一般的です。そこで神棚の上の天井部分に「雲」を貼り付けたのですが、でもよく考えると神様は雲の上に居るものではないでしょうか。これだと雲の下に居る事になってしまいます。「雲」は神棚の下に貼った方が良いような気がしますが、まあ、要は信心する気持ち、つまらない事は気にせずこれからは毎日手を合わせようと思います。そう思うと、なんとなく気持ちが落ち着いて来ました。早速ご利益があったようです。

さて、そろそろ神無月。日本中の神様が出雲大社に集会に出掛けます。こんな時期に引越をしてしまいましたが、ウチの神様ちゃんと帰って来られるでしょうか。総量規制対象外 キャッシング

年間という歳月は野良猫も変えてしまう。

よく見かけるノラ猫がいるのですが、まずまず嫌疑が強くて仲良くなれません。今日も近づこうとすると「シャー」と脅迫してきました。昔はそうではありませんでした。年間ぐらい前までは、「来院」と音を用いると、「ニャア」と言いながらあちらから近寄ってくるような子猫だったのです。一年の日時が猫を変えていしまったといえばいいのでしょうか。面倒が面持に表れていて、はなはだ荒々しい目元なのです。野良猫として生きていくのは一大んだろうなと思います。猫というと、風に吹かれながら、日向ぼっこをしているようなイメージがあるのですが、じつはあんな楽な生活をして掛かるわけではありません。通常テリトリーを巡回してアンビリーバブルがないかチェックして、ごみをあさり、見知らぬ猫とけんかして・・なかなかツライ通常だ。「くんも大変よなあ。がんばれよ」と声をかけたくつながる。そんなことを考えていたら、その猫の上を生まれたばかりの六匹の子猫がついていきました。なるほどね、一年の日時はこういうことに費やされていたのですね。アイフル 土日 電話